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広島地方裁判所 昭和44年(行ウ)2号 判決 1983年1月18日

原告 神田智光 外四名

被告 建設省中国地方建設局長

訴訟代理人 神田昭二 溝下正喜 平元勝一 外五名

主文

原告らの主位的請求及び予備的請求のうち各格付処分の無効確認を求める請求をいずれも棄却する。

原告らの予備的請求のうち、復職調整をする義務の確認を求める請求にかかる訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求の趣旨

(一) 被告が原告神田智光、同小林基雄、同橋田九郎及び同中島勉に対し昭和三七年二月一七日付で、原告池田利之に対し同年三月一六日付でした各休職処分は、いずれも無効であることを確認する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  予備的請求の趣旨

(一) 被告が原告らに対し、昭和四二年一二月一〇日付でした別表(一)記載の(一)欄の各格付処分はいずれも無効であることを確認する。

(二) 被告は原告らに対し、人事院規則九―八第二〇条の三による復職調整として、別表(一)記載の(二)欄のとおり調整する義務があることを確認する。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、いずれも建設省中国地方建設局(以下、中国地建という)の職員であり、全建設省労働組合(以下、全建労という)の組合員である。

2  原告らは、昭和三七年二月九日付及び同年三月一六日付で、広島地方裁判所に暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の罪により起訴され、昭和四二年一一月二五日同裁判所において判決の言渡を受け、同判決は確定したが、右起訴にかかる公訴事実の要点、右判決における有罪・無罪の別及び有罪となつた事実についての罪名と刑は、別表(二)記載のとおりである。

3  被告は、原告らが右のとおり起訴されたことを理由に、原告池田に対しては昭和三七年三月一六日付をもつて、その余の原告らに対しては同年二月一七日付をもつて、国家公務員法七九条二号による休職処分(以下、本件各起訴休職処分という)をし、右判決確定後の昭和四二年一二月一〇日付をもつて、原告らに対し復職処分と別表(一)記載の(一)欄の格付処分(以下、本件各格付処分という)をした。

4  しかしながら、本件各起訴休職処分には、次のとおり重大かつ明白な瑕疵があつて無効である。

(一)(1) 本件各起訴当時、原告神田は中国地建河川部河川管理課に、同中島は建設省広島機械整備事務所整備課に、その余の原告らは中国地建郷川工事事務所(以下、郷川工事事務所という)に勤務していた者であり、原告神田は全建労中国地方本部本局支部長、同小林は同地方本部書記長、同池田は同地方本部郷川支部書記長、同橋田は同地方本部郷川支部技労部会副会長、同中島は同地方本部広島県協議会議長の地位にあつた。

(2) 郷川工事事務所は、昭和二八年八月、建設省の直轄河川である江の川の改修工事事務所として設置されたが、同事務所では定員内職員は少数で、準職員、補助員等の定員外職員が多く、両者の間に待遇上の差別が行われ、後者は身分の不安定に加えて労働条件が劣悪であつた。そこで、同事務所の労働者は、職場の民主化を図り明るい職場をつくるべく、全建労中国地方本部郷川支部(以下郷川支部という)を結成し、郷川工事事務所当局と労働条件の改善について交渉し、昭和三〇年頃には、同事務所当局と同支部との間で、「人事の問題に関しては組合と事前に協議する」「補助員の年次有給休暇は二〇日とする」「組合の大会・委員会の旅費を補助する」等の一〇項目が労働慣行として確立し、以後双方により遵守されてきた。

(3) ところが、建設省は昭和三五年頃から労務政策を変更し、労働組合の破壊や既得権の剥奪等、労働組合否定の方針をとり、郷川工事事務所においても、当局は建設省の指示を受けて、昭和三六年一〇月一九日郷川支部に対し、前記労働慣行を破棄する旨一方的に通告し、中国地建当局も本局の部課長等の幹部職員を郷川工事事務所に出張させ、右労働慣行の破棄を郷川支部に強要し、また、デマ宣伝や一方的な内規の作成、特別監査の実施等違法、不当な手段を用いて郷川支部に攻撃を加えた。

これに対し郷川支部は、全建労中国地方本部の支援を得て、様々な適法手段に訴えて闘争を行つたが、同年一一月下旬には全建労中央本部と建設大臣との交渉により、地元で早期に闘争を終結する旨の合意が成立し、これを受けて一一月下旬から一二月上旬にかけて全建労中国地方本部と中国地建当局が団交を行つた結果、当局としても、前記労働慣行の尊重という組合の要求を全面的に受け容れて終結せざるを得ない状況となつた(この一連の闘争を郷川闘争という)。

(4) このように追込まれた被告は、昭和三六年一二月一五日に至つて突然、郷川支部の組合員一〇名に対し、免職二名を含む懲戒処分を行い、本件原告らの中では、原告小林につき減給六か月、同池田につき停職三か月、同橋田につき停職一か月の各懲戒処分をした。しかしながら、右各懲戒処分は、その処分書及び処分説明書によつても処分理由は全く具体性を欠き、根拠法規も不明確であるうえ、その通知方法も書留郵便で各人の自宅に送付するという前例のないものであつたため、被処分者らは到底納得することができず、直ちに郷川工事事務所に対し説明を求めたが、同所長は全く説明ができなかつた。そこで、全建労中国地方本部は、右処分問題につき、同月一六日、一八日、二〇日の三回にわたつて中国地建当局と団体交渉を行つたが、当局は、この席でも一切処分理由を明らかにしなかつた。

(5) 右の懲戒処分とは別に、郷川闘争は、昭和三六年一二月一九日の中国地建当局との団交、昭和三七年一月八日の郷川工事事務所当局との団交により、「職場の労働慣行を中国地建当局が尊重する」旨の確認書・協定書を取交して終結した。このように、郷川闘争において敗北した中国地建当局は、最後のあがきとして、組合員らに対する刑事弾圧を企て、右(4)の三回にわたる団交等において、真実は存在しなかつたのに、原告らに暴行脅迫等の違法行為があつた旨捜査機関に虚偽の申立をし、検察庁もこれに力を貸して前記2の起訴を行つたものである。

(二)(1) このように、本件刑事訴追は、中国地建当局が自己の非を隠敝し、全建労を破壊するために行つた事実無根の申立に基づくものであり、現に広島地方裁判所における審理の結果、原告らはほとんどすべての訴因について無罪の判決の言渡を受け、該判決は確定した。ところが、被告は、原告らが起訴されるや直ちに本件各起訴休職処分をしたものであり、右は全建労破壊という違法目的に出たものであることが明らかである。

(2) 本件において起訴の対象となつた事実は、いずれも労働組合活動の一環として発生したものであるところ、このように、労使間の団体交渉の過程において発生した行為が起訴された事案において起訴休職処分にすることは、労使対等の原則や、憲法二八条が保障した団結権の精神に照らし許されない。

(3) 刑事被告人は無罪の推定を受けているのであるから、起訴休職制度もこれと矛盾しない限度においてのみ存在し得べきであるのに、本件各起訴休職処分は、むしろ原告らが有罪であるとの推定のうえに立つて行われたものである。

(4) 原告らが本件各起訴休職処分当時担当していた職務は、対外的接触を内容とするものではなく、したがつて、原告らがその職務に従事することにより、建設省あるいは工事事務所の対外的信用を毀損するおそれはなかつた。また、本件起訴の対象となつた事実は、団体交渉権の行使に関するものであつて破廉恥罪にあたるものではないし、原告小林、同中島は当時職務から離れていたから職場秩序との関係はなく、その余の原告らもその属する職場では職員の大半が全建労の組合員であり、郷川闘争は全建労の組織をあげての闘争であつたから、原告らの起訴後の就労が職場秩序に支障を与えることは全くなかつた。ことに原告神田については、休職処分後の配置換に際し、中国地建河川部の主催で送別会が行われ、関係各課長を含む数十名が参加した事実があるし、前記無罪判決までの六年弱の間、連日のように中国地建に出入りし、組合員のみならず管理職とも接触していたものである。

また、本件起訴にかかる刑事裁判については、年間一〇日程度の公判が開かれたものの、これは年次有給休暇二〇日の中で充分対処しえたものであるから、刑事裁判手続のために原告らの労務提供上支障が生じることはあり得ず、このことは本件各起訴休職処分当時予想しえたところである。したがつて、原告らを本件各起訴休職処分に付する何らの理由も必要性もなかつたものである。

(三) 以上のとおり、本件各起訴休職処分には重大かつ明白な瑕疵があり、その効力は否定さるべきである。

5  仮に本件各起訴休職処分が無効でないとしても、原告らの復職における本件各格付処分は、次の理由により違法である。

(一) 本件刑事訴追当時の原告らの俸給は、原告神田が行政職(一)七等級五号、原告小林が同七等級三号、原告池田が同七等級二号、原告橋田が行政職(二)三等級七号、原告中島が行政職(一)七等級二号であつた。

(二) 原告神田、同小林、同池田は、本件起訴にかかる事実について全部無罪の判決を受け、また原告橋田、同中島は、起訴された訴因の一部について有罪とされたものの、大部分について無罪判決を受けたのであるから、いずれも人事院細則九―八―二第二七条の二にいう無罪判決を受けた場合に該当する。

(三) ところで、無罪判決のあつた事実については、本来検察官が起訴すべきでなかつたのであるから、国家公務員が起訴され本人の意に反して休職とされた場合で無罪判決のあつたときは、原則として休職期間中も定期昇給があつた場合と同様な格付を行なうべきである。また、国家公務員法一〇八条の六により職員が労働組合の業務に専ら従事するために休職となる場合において、通常は復職調整に際して休職期間中も勤務したものとみなして定期昇給があつたのと同様の調整を行なつている実情に照らすと、被告が原告らに対する復職調整に際し、その調整率を原告神田、同小林、同池田につき三分の二、その余の原告らにつき零としたのは、人事院規則九―八第二〇条の三、同細則九―八―二第二七条の二に規定する任命権者の裁量権の限界を逸脱したものである。特に、原告橋田は、有罪判決を受けたのと同一事実に他の事実を併せて停職一か月の懲戒処分を、原告中島は刑事事件において有罪判決(罰金二万五〇〇〇円)を受けたことを理由として停職二〇日の懲戒処分をそれぞれ受けているが、右懲戒処分の内容・程度と対比しても、同原告らが約六年に及ぶ長期の休職期間中、全く昇給しなかつたとして復職の格付をするのは、著しく均衡を失すると言うべきである。

(四) したがつて、本件各格付処分は、各休職処分と同様に、被告が全建労を破壊する目的のもとにしたことすなわち被告の不当労働行為意思の発現であることは明白であるから、いずれも無効であつて、被告は原告らに対し、原告らがその休職期間中も定期昇給をしたものとして、別表(一)記載の(二)欄のとおり調整をなす義務がある。

6  よつて、原告らは被告に対し、主位的に、本件各起訴休職処分が無効であることの確認を求め、予備的に、本件各格付処分が無効であること及び被告が人事院規則九―八第二〇条の三による調整として、別表(一)記載の(二)欄のとおり調整をする義務があることの確認を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁及び主張

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の各事実中、本件刑事訴追当時における原告らの地位、郷川工事事務所が、昭和二八年八月建設省の直轄河川である江の川の改修工事事務所として設けられたこと、被告が昭和三六年一二月一五日、郷川支部の組合員一〇名に対し免職二名を含む懲戒処分を行なつたこと、その際原告小林、同池田、同橋田が原告ら主張の内容の懲戒処分を受けたことは認めるが、その余はすべて争う。

3  同5のうち、本件刑事訴追当時の原告らの俸給に関する主張は認めるが、その余はすべて争う。

4  本件各起訴休職処分の適法性について

(一) わが国における刑事訴追及び裁判の実情に鑑み、公訴の提起が行われることは、犯罪の嫌疑が相当程度に客観性を有することを意味するから、国民感情からすれば、公務員が刑事事件に関し起訴されたこと自体で、国民の公務に対する信頼感あるいは官職全体に対する信用が失われる蓋然性が高い。この点に鑑み、国家公務員法七九条は、職員が刑事事件に関して起訴された場合、犯罪の成否はもちろん犯罪の内容、程度、身体拘束の有無等を問うことなく、単に起訴されたこと自体で、当該職員をその職務から排除すべく休職処分に付し得ることを定めているのであつて、裁判の結果無罪になつたからといつて、起訴休職処分が無効となるものではない(なお、本件において、原告橋田、同中島は一部無罪にすぎない)。そして、同条は、具体的事案において当該公務員を起訴休職処分に付するか否かを任命権者の自由裁量に委ねており、したがつて、右裁量権の逸脱ないし濫用がない限り、当該処分は適法と言うべきである。

(二) 本件についてみるに、原告らはその職場である郷川工事事務所(現在は三次工事事務所と改称)所長室あるいは中国地建局長室において、同局長その他の管理者に対し、繰返し暴力行為に及んだために起訴されるに至つたものであり、公務員たる者が庁舎内において上司に対し暴力行為を敢行して起訴されるということは、公務に対する信頼、官職の信用を失墜させることはもちろん、かかる職員が引続き職務を執るときは職場における規律ないし秩序の維持に悪影響を及ぼすことは明らかであり、被告は、官職の信用を保持し職場秩序を維持するために、原告らに対し本件各起訴休職処分を行なつたのであるから、被告の裁量権の範囲を何ら超えるものではない。

(三) なお、起訴の対象となつた事実が労働組合活動の一環として発生したものであつても、暴力の行使が正当化され容認されるべきものでないことは明白であるし、起訴休職処分は、起訴された職員を有罪であると推定して休職を命ずるのではなく、起訴されたこと自体を要件とする処分であるから、刑事裁判における無罪推定の原則と矛盾するものでもない。また、原告らはいずれも上司に対する共同暴行などが暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の罪にあたるとして起訴されたものであるところ、その法定刑としては選択刑として懲役刑が定められており、このことは公務員の欠格事由に該当して当然失職することになる可能性が存したことを示すのみならず、特に本件の場合、その公訴事実の内容によれば、起訴にかかる原告らの行為は、一般社会人としてもその節度を著しく逸脱し、これを正当化する余地の全くない違法、不当なものであつた。さらに、右起訴事実は、それに至る捜索、逮捕の事実も含めて広く新聞報道されたが、これらの新聞記事は、いずれも原告らの氏名(ある場合には顔写真も)、その勤務場所、役職名を具体的に報道し、その犯行についても、「全建労の集団暴行事件」、「全建労郷川支部の暴行事件」、「全建労中国の暴行事件」などの見出しをつけてその内容を詳しく伝えており、したがつて、一般国民は中国地建内の職場で原告らが上司に対し集団で暴行を加えたとの疑いを広く持つに至つた。このような状況下で、原告らが引続き職務に従事するときは、その職務遂行に対する国民一般の信頼をゆるがせ、ひいては官職全体に対する信用を失墜させるおそれ大なるものがあつたというべきである。

(四) 原告らは、対外的接触を職務内容とする仕事に就いていたのではないから、対外的信用の問題を生ずる余地はないと主張するが、公務員それぞれの職務は互いに独立しているものではなく、組織的、有機的に結合されてはじめて業務の円滑な遂行が可能となることはいうまでもない。そして、一般国民は、このような公務員の全体を信頼して公務を付託しているのであり、起訴休職の制度の主たる趣旨が、このような公務に対する信頼を維持することにある以上、その具体的な職務内容はかかわりがないというべきである。

なお、仮に具体的職務内容をある程度考慮すべきである、としても、原告神田は、中国地建河川部河川管理課管理係に所属し、主として建設省の工事施行区間内の河川敷地の占用、工作物の設置、砂利採取の許認可事務に従事して関係官公署あるいは関係業者らとの接触が頻繁にあり、原告小林、同池田は郷川工事事務所庶務課会計係に所属し、一般会計事務に従事していたが、そのうち物品の購入、売払、貸借、修理及び運搬の契約に関する事務にあつては直接関係業者らとの接触があり、原告橋田は同工事事務所庶務課庶務係所属の技官として連絡車の運搬業務に従事していたが、本局・事務所間の事務連絡、事務所・工事現場間の事務連絡にあたつていて、建設局部内の職員との接触はもとより、工事現場における関係請負業者あるいはガソリンスタンドを含む自動車業者らとの接触が多かつたから、これら原告は、国民と直接に接触する職場についていた点において、本件起訴をされたことにより、公務の信頼、官職への信用を直接特に失墜させたというべきである。

(五) また、原告らの就労が職場秩序を乱すか否かの判断にあたつては、公務の正常な運営を担保するだけの職場秩序を保ち得るか否かが問題とさるべきであり、原告らと考え方を同じくする職員が原告らの就労に対し不安や不快感を抱かないからといつて、職場秩序が保持されたことにならないのは勿論である。

(六) 以上のとおり、本件各起訴休職処分は十分な合理性と必要性に基づくものであつて適法である。

5  本件各格付処分の適法性

人事院規則九―八第二〇条の三、同細則九―八―二第二七条の二別表第三二によれば、公務員が起訴されたことにより休職に付された場合、その復職調整のための休職期間の調整率は、「零(ただし、無罪の場合は事情により三分の三以下)」であるから、任命権者としては、起訴休職者が無罪となつた場合にのみ三分の三以下の範囲でその裁量により調整し得るところ、原告橋田、同中島は、休職の原因となつた刑事事件について有罪判決を受けており、しかも休職期間中は何ら勤務実績がないのであるから、前記人事院規則及び細則により調整率を「零」として復職調整を行わなかつたものである。また、その余の原告らは、無罪判決を受けたとはいえ、上司に対し実力をもつて抗議を行つた事実は起訴にかかる刑事事件の判決理由からも明らかであるから、同原告らについて休職期間中も勤務していたのと同様に三分の三の割合で復職調整を行なうことは他の職員との均衡上相当でないので、人事院規則一一―四第三条二項の規定による休職(いわゆる「欠員待ち休職」)の場合の調整率が三分の二以下(同細則九―八―二第二七条の二別表第三二)であることを考慮し、その最高限度である調整率三分の二として同原告らに対し別表(一)記載の(一)欄の調整を行つたものである。よつて、本件各格付処分は被告の裁量権の範囲を何ら逸脱するものではない。

なお、建設省では、昭和三八年八月一五日以降、職員が労働組合の専従職員として休職をとつた場合(人事院規則一五―三(昭和二四年五月九日から昭和四三年一二月一四日まで適用))、その後職務復帰しても定期昇格も実施していなかつたが、国家公務員法一〇八条の六(昭和四三年一二月一四日施行)により専従職員を休職者扱いにすることになつたのに伴い、昭和四三年一一月六日人事院規則九―八が改正され(昭和四三年一二月一四日施行)、同規則四四条により専従許可の有効期間について三分の二以下の範囲で調整されることになつたので、その後はそれにより調賄が行なわれるようになつている。

6  復職調整をする義務の確認を求める訴えについて

被告のなす復職調整や昇格は法規に基づく一義的な行為ではないのみならず、国家公務員法三一条、一般職の職員の給与に関する法律八条により昇格は各官庁の等級別定数の枠内においてなされるところ、現在中国地建においては行政職(二)二等級あるいは行政職(一)六等級の余席は存しないから、原告らの訴えは三権分立の原則に照らして許されず不適法なものというべきである。

第三証拠<省略>

理由

一  原告らが建設省中国地方建設局の職員であり、昭和三七年二月九日付及び同年三月一六日付で暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の罪により広島地方裁判所に起訴されたこと、当該起訴にかかる公訴事実の要点は別表(二)に記載のとおりであること、任命権者である被告が、原告池田に対しては昭和三七年三月一六日付で、その余の原告らに対しては同年二月一七日付で、右起訴を理由として国家公務員法七九条二号による休職処分をしたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各起訴休職処分に無効事由が存在するか否かを検討する。

1  原告らは、本件起訴にかかる事実自体が、中国地建当局の全建労破壊を目的とした事実無根の申立に基づくものであり、このことは、広島地方裁判所における審理の結果、原告らがほとんどすべての訴因につき無罪の判決を受け、該判決が確定したことに照らして明らかであると主張する。もし右の申立が全建労破壊を目的とした事実無根のものとすれば、本件起訴休職処分はその目的及び手段において明らかに違法であり、後述の裁量権濫用の有無に立入るまでもなくその効力を否定さるべきであるから、先ずこの点について検討を加える。

(一)  原告らに対する起訴事実についてみるに、前記一の当事者間に争いのない事実と成立に争いのない甲第一号証(本件起訴にかかる刑事判決)を総合すると、原告らは昭和三九年改正前の暴力行為等処罰ニ関スル法律一条一項違反として概ね別紙「公訴事実の要旨」記載のとおりの公訴事実について起訴されたことが認められる。なお、同条項によれば、その法定刑は「三年以下ノ懲役又ハ五百円以下ノ罰金」とされていた(罰金刑については、昭和四七年改正前の罰金等臨時措置法三条一項二号により二五、〇〇〇円以下となる)。

(二)  次に、右刑事事件の背景をなしたとみられる、いわゆる郷川闘争の発生及びその経過について検討するに、成立に争いのない甲第六、第七号証、乙第二ないし第六号証、第七号証の四、七及び一二、第八号証の四及び八、第一一号証の三、第一二号証の四及び六、第一三号証の四、証人大河原基典、同井川博の各証言、原告小林基雄本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 郷川工事事務所(現在は三次工事事務所と改称)は、昭和二八年八月、建設省の直轄河川である江の川の改修事業を行うために設置されたが、当時同工事事務所は、発足後間もない新設事務所であつて職員間に融和の空気が乏しく、また、いわゆる定員内職員のほか、準職員、補助員といつたいわゆる定員外職員がいたが、それら定員外職員には身分の不安定に加え、勤務条件においても不利な面があつた。そのため、同工事事務所に勤務する職員で組織する全建労郷川支部は、同工事事務所管理者側に対し概ね次の内容の一〇項目にわたる要求をし、昭和三〇年頃からほぼ右要求に沿つた運営が行われてきた。

<1> 人事の問題に関しては組合と事前に協議する。

<2> 補助員の出勤は最低一か月二五日を保障する。

<3> 補助員の年次有給休暇は二〇日とする。

<4> 補助員にも一か月一・五日の宿日直をさせる。

<5> 補助員の産前産後は給与の一〇〇分の四〇を補助する。

<6> 事務所の設備の増改築等については組合と協議する。

<7> 組合の大会、委員会の旅費を補助する。

<8> 炊事婦の超過勤務には来客一名につき一時間の手当を支給する。

<9> 運転手の交通違反による罰金の負担については官側と組合、運転手が協議する。

<10> 超過勤務については組合と協議する。

(2) しかし、中国地建管理者は、郷川工事事務所における右の如き運用、特に人事についての組合との事前協議は、それが中国地建局長の人事権を制約するものであるかぎり承認できないとして、昭和三六年六月、新たに同工事事務所所長に任命された松浦文人に対し、所長として責任をもつて処理できない事項ないし権限外の事項については組合と安易に約束しないように指示、助言を与えた。

(3) ところで、松浦所長は、昭和三六年九月二七日組合に対し、当時郷川工事事務所庶務課庶務係長であつた佐伯邦三が人事異動により転出する旨を伝え、同月三〇日には同係長の後任として同工事事務所の会計係長三宅豊が、また三宅係長の後任として岩国国道工事事務所事務官波志慶松がそれぞれ予定されている旨を組合側に伝えたのであるが、組合はこれに反対して郷川工事事務所内の職員からの昇格を主張し、同工事事務所吉田出張所の事務主任吉原勝美を後任の会計係長とするよう申入れた。そこで、松浦所長もこの組合側の意向を一応中国地建管理者に伝えたが、中国地建当局の容れるところとならず、結局、当時の中国地建局長和里田新平は、同年一〇月一日付で原案どおり波志慶松を郷川工事事務所の会計係長に任命する旨の発令を行つた。右発令について、全建労郷川支部は、前記一〇項目の一つである人事に関する事前協議の労働慣行を無視したものであるとして強く抗議し、この問題をめぐつて郷川工事事務所管理者側と全建労郷川支部との間、中国地建管理者側と全建労中国地方本部との間などで交渉が行われたが収拾されるに至らず、ここにいわゆる郷川闘争が発生した。

(4) 同年一〇月一九日、松浦所長は中国地建管理者と協議のうえ、組合が労働慣行として要求する一〇項目に関して、「九項目の要求と超勤協議制は認めない」旨を通告し、さらに中国地建当局は事態に対処するため、同所長の業務補助者として中国地建の係長級以上の者を同年一二月一〇日頃まで連日数名ずつ同事務所に派遣した。また、同年一〇月二三日から二五日にかけて郷川工事事務所の特別監査を実施したが、松浦所長は右業務補助者らと協議のうえ、右監査の結果判明した同事務所の執務体制の乱れを正しその適正な運営を確保するとの理由で、同年一〇月三一日、「自動車使用内規」、「庁内取締規程」、「宿日直内規」(以下三内規という)を制定し、翌一一月一日より実施する旨を組合に通告した。

(5) これに対し組合は、前記一〇項目は労働慣行として存する既得権であるとしてこれを擁護する闘争態勢をとり、当局のいう業務補助者とは、組合所属の職員を監視するとともに団体交渉における松浦所長の発言を牽制し組合と対決する「督戦隊」であるとして反発し、ビラ貼りやいわゆる「だんまり」などの行動で対抗した。また、三内規の通告に対しては、闘争の最中にかかる内規を管理者側が一方的に作成することは組合に対する弾圧であるとしてその撤回を要求し、宿日直を拒否するなどの態度に出た。

(6) ところで、中国地建当局は、松浦所長がこのような闘争の中で極度の疲労に陥つていたこともあつて、郷川工事事務所長の更迭により事態を打開しようと考え、同年一一月二一日、松浦所長に代えて、当時中国地建の企画室長補佐であつた伊勢田哲也を同事務所長に任命したが、事態の好転をみないまま日時が経過した。

(7) 同月三〇日朝、同工事事務所職員の大畑亀男が病気で入院することとなり、当時郷川支部の支部長であつた徳弘鹿郎が伊勢田所長に対し、同事務所の自動車の使用を申込んだところ、管理者側では自動車の使用自体は認めることにしたものの、前記自動車使用内規に従い使用伝票を提出させることとし、三宅庶務係長にこれを作成させた。ところが、組合は右内規を承認していないとの立場から、事務所長室にいてこの状況を見ていた原告池田が、使用伝票による自動車の使用は認めていないと言つてこれを拒否し、結局ハイヤーを利用して右大畑を入院させるという事態となつた。別紙「公訴事実の要旨」記載(一)の事件は、この大畑入院問題を契機として発生したものである。

(8) なお、同年一一月二九日から一二月二日にかけて、中国地建管理者側と全建労中国地方本部との間で郷川工事事務所問題に関する交渉が行われ、一二月一日の段階では、前記一〇項目に関する松浦所長の一〇月一九日の通告を撤回するという方向で妥結するかに見えたのであるが、翌二日に至り、その解釈などをめぐつて双方の意見が食い違い、結局交渉は決裂した。その後はこの問題を解決するための交渉は行われず、一二月七日には郷川工事事務所の課長、係長らの更迭がなされ、これを機会に同月一〇日頃、同工事事務所への業務補助者の派遣も打切られるに至つた。

そして、中国地建局長和里田新平は、同月一五日、郷川闘争に関連して行われた勤務時間内の職場大会、執行委員会への参加、その企画、指導、業務命令に対する不服従、管理者側に対するいやがらせや暴行、脅迫等の行為が国家公務員法八二条各号に該当するとして、郷川工事事務所職員ら一〇名に対して免職二名を含む懲戒処分を行い、原告らの中では、原告小林が減給六か月、同池田が停職三か月、同橋田が停職一か月の各懲戒処分を受けた(これらの処分が行われたことは当事者間に争いがない)。この懲戒処分をめぐつて、組合側は同月一六日、一八日、二〇日の三回にわたり、中国地建局長室において、処分への抗議や処分理由の説明要求などの行動に出たが、この際原告らに別紙「公訴事実の要旨」記載(二)の各所為があつたとして、原告らは起訴されるに至つたものである。

(9) 一方、このような懲戒処分とは別に、郷川闘争に関して、同年一二月一九日、中国地建局長和里田新平と全建労中国地方本部執行委員長海野信友との間で、「一、職場の労働慣行は原則的に事務所長の自主性にある。二、本局としては職場の労働慣行を原則として尊重する。」との内容の確認書(甲第六号証)が取り交された。また、翌三七年一月八日、伊勢田所長と郷川支部長徳弘鹿郎との間で、「一、内規の改定については昭和三七年四月一日を目標とし官、労の協議でこれを行う。これまでの間における現行内規の運用については官労相互の信頼に基づき事務所長の自主的判断によつてこれを行う。二、阿川発言についてはこれを撤回する。三、今後今次のごとき事態が再びおこらないよう官労相互の立場を理解し話合の上でなにごとも処理していくこととする。」との内容の協定書(甲第七号証)が取り交され(なお、阿川発言とは、中国地建河川計画課長阿川孝行が組合役員に対し、郷川工事事務所内が混乱して仕事ができなくなると事務所を閉鎖せざるを得なくなるとの発言をしたというものである)、これに伴つて組合も闘争態勢を解き、ここにいわゆる郷川闘争はその終結をみた。

以上のとおり認められる。

(三)  そこで、原告らに対する各公訴事実につき、広島地方裁判所が昭和四二年一一月二五日に言渡した判決(甲第一号証。以下、本件刑事判決という)の内容を、別紙「公訴事実の要旨」(以下、単に別紙という)記載の順序に従つて検討する。

(1) 別紙記載(一)の事実について

右事実について原告橋田が有罪とされたことは当事者間に争いがない。

(2) 別紙記載の(二)の事実について

イ 昭和三六年一二月一六日の行為

原告神田、同小林、同中島の建設専門官富永忠に対する行為(別紙(二)第一の一)については、同原告らはいずれも無罪とされたが、その理由について、本件刑事判決は、同原告らが富永につめより「管理者はなぜいないのか」などと追及した際、同人の背広の襟をもつてゆすぶり、あるいは肩を押すなどの行為もいくらか行われ、さらに同原告らが、富永を押すようにして約一メートルほど後退させ、壁際にある書類棚の隅の付近に押しつけたとの事実を認定し、一方、同人の胸や肩を突いたとの点については認められないとし、右認定の行為も、抗議ないし追及行為に附随的になされた軽微な有形力の行使にすぎず、当該行為の目的、手段、態様を考察すれば、いまだ暴行行為として処罰するに足る程度の実質的違法性を欠くとしている。そして成立に争いのない乙第二号証によれば、同原告らによつて右に認定の有形力の行使がなされたことを認めることができ、これに反する原告小林基雄、同中島勉の各本人の供述部分は措信できない。

原告中島の河川計画課長阿川孝行に対する行為(第一の二(一))については、同原告は無罪とされたが、その理由について、本件刑事判決は、同原告が、「計画課長で責任が持てるなら来い。」と言つて阿川の背広の襟をつかみ、数メートル位引張るようにして歩いた事実は認められるものの、右は局長室出入口の手前までにすぎず、局長室に引張りこんだとの公訴事実は認められないとしている。そして、同原告が右のように阿川の背広の襟をつかんで引張つたことは、原告中島勉の本人尋問の結果によつても認められる。

原告中島の人事課長補佐三木春美に対する行為(第一の二(二))については、全建労の威力を示したとの点を除く単純暴行につき有罪とされたことは当事者間に争いがない。

ロ 昭和三六年一二月一八日の行為

原告神田、同小林、同中島の中国地建局長和里田新平に対する行為(第二の一)については、同原告らはいずれも無罪とされたが、その理由について、本件刑事判決は、訴外君島孟雄が和里田の前にテーブルにあぐらをかくようにして座り、椅子から立ち上つて同人と相対していた和里田の胸のあたりを押し、そのため和里田がよろけて椅子に腰をおろすと、同人の立ち上つたあとの椅子の左ひじかけに腰かけていた原告小林が、「痛い」と言つて手や膝で和里田の腰のあたりを持ち上げて立たせたということが数回あり、訴外君島及び原告小林の右行為の際、付近にいた原告神田、同中島において、和里田の肩またはそのあたりを押したことは認められるが、原告神田、同中島が和里田の胸を数回突いたとの事実はこれを認めるに足る証拠はなく、また、原告中島が和里田の背広の襟をつかんでゆすぶつたとの点も証明不十分であるとし、原告小林の和里田を立ち上らせた行為は軽微な有形力の行使にすぎず、行為の目的の相当性ならびに手段、態様等を総合し、いまだ暴行行為として処罰するに足りる実質的違法性を有しないとしている。そして、本件刑事判決が認定した同原告らの右行為は、前掲乙第二号証、成立に争いのない乙第三、第五、第六号証によつて認めることができる。

原告神田、同中島の総務部長金田長則に対する行為(第二の二)については、同原告らはいずれも無罪とされたが、その理由について本件刑事判決は、組合員らが金田につめ寄り処分理由の説明を求めて追及した際、訴外君島が金田の背広の襟をもつて立ち上らせて数回ゆすぶり、それから間もなく訴外今野春治が同様に同人の背広の襟をつかみ前後にゆすぶり、その後しばらくして原告中島が国公法八二条云々と抗議しながら金田の襟をつかみゆすぶつたことが認められるが、右三名については、右認定行為以上に、公訴事実記載の如きかなり強度の暴行行為を行つた事実はこれを認めることができず、また、原告神田が金田に対し公訴事実記載の如き暴行を加えたことはこれを認めるに足りる証拠はないとし、訴外君島、同今野、原告中島の前記行為は、被害法益侵害の程度が軽微なこと、行為の目的の相当性、行為の態様などを総合考察し、いまだ暴行行為として処罰するに足りる程度の実質的違法性を有しないとしている。そして、本件刑事判決において認定された右の程度の事実は、成立に争いない乙第四号証によつて認められるところである。

ハ 昭和三六年一二月二〇日の行為

原告小林、同池田の和里田新平に対する行為(第三の一)については、同原告らは無罪とされたが、その理由について本件刑事判決は、原告小林、同池田、訴外徳弘鹿郎、同井川博が、和里田に対し懲戒処分について抗議し処分理由の説明を求めた際、それぞれ同局長の背広の襟をつかみ、数回前後にゆすぶつたことが認められるが、これらの行為は、有形力の行使とはいつても、その被害法益侵害の程度は軽微であること、懲戒処分理由の説明を求めようとした目的において相当と認められ、右行為はこれに附随して行われたものであること、その行為の態様、管理者側の措置が必ずしも適切でなかつたことの諸事情からして、いまだ暴行行為として処罰するに足りる程度の実質的違法性を有しないとしている。本件刑事判決が認定した程度の有形力行使の事実は、前掲乙第三号証及び弁論の全趣旨によつて認めることができる。

原告神田、同橋田、同中島の人事課長横田貞光に対する行為(第三の二)については、原告中島が全建労の威力を示したとの点及び他二名と共同したとの点を除き、原告中島が単独で横田に対し膝で股間を数回突き上げたとの暴行の事実を認定され有罪とされたほか、原告神田及び同橋田はいずれも無罪とされたのであるが、その理由について本件刑事判決は、原告橋田が横田の背広を両手でつかんで引張り、そのため同人が前へ動いたこともあつたと認められるが、原告神田が横田の足を蹴つたとの行為については証拠不十分であるというものであり、原告橋田の右行為については、軽度の有形力の行使で被害法益侵害の程度も軽微なものであり、行為の目的の相当性、行為の態様等からして、いまだ暴行行為として処罰するに足りる程度の実質的違法性を有しないとしている。そして、少くとも本件刑事判決が認定した程度の事実は、前掲乙第五、第六号証によつて認められる。

原告中島の用地課長西山良晴に対する行為(第三の三)については、同原告は無罪とされたが、その理由について本件刑事判決は、同原告が西山の背広の襟をもつて数回前後にゆすぶつたことは認められるが、右行為は有形力の行使とはいえ軽度のもので、被害法益侵害の程度も軽微であることなどからして、いまだ暴行行為として処罰するに足りる程度の実質的違法性を有しないとしている。原告中島に右行為があつたことは、弁論の全趣旨によつて認められる。

原告池田の金田長則に対する行為(第三の四)については、同原告は無罪とされたが、その理由について本件刑事判決は、同原告、訴外徳弘、同井川の三名がそれぞれ金田の背広の襟をつかみ数回ゆすぶり、金田が一メートル半位動いたことは認められるが、右各行為による被害法益侵害の程度が軽微であること、行為の目的、態様等の事情を考えると、右三名の者の行為はいまだ暴行行為として処罰するに足りる程度の実質的違法性がないとしている。そして右の如き行為が行われたことは、前掲乙第四号証によつて認められる。

原告橋田の労務係長友田博三に対する行為(第三の五)については、同原告は無罪とされたが、その理由について本件刑事判決は、原告橋田、訴外井川の両名がそれぞれ処分に抗議する言葉を発しながら友田の背広の襟をつかみ数回ゆすぶつたことが認められるが、右行為による被害法益の侵害度が軽微であること、処分理由について追及中の行為であること、右行為のいきさつ、動機、態様並びに右両名が停職、免職の被処分者であることなどからして、右両名の前記行為は、いずれもいまだ暴行行為として処罰するに足りる程度の実質的違法性がないとしている。そして、原告橋田らが右の行為に出たことは弁論の全趣旨によつて認められる。

(四)  上述のとおり、原告橋田は、別紙記載(一)の公訴事実について有罪の認定を受け、また同中島は別紙記載(二)の第一の二(二)の事実について三木春美に対する単純暴行として、第三の二の事実について横田貞光に対する単純暴行としてそれぞれ有罪の認定を受けたものであり、本件証拠によつても優にその事実を認めることができる。

また、その余の原告三名は各公訴事実につきすべて無罪とされたものの、外形的行為自体証拠上全く認めるに足りないとしたものは、原告神田の金田長則に対する行為(別紙(二)第二の二)及び横田貞光に対する行為(同第三の二)のみであり、他はすべてある程度の有形力の行使の事実は認定しつつも、それが未だ刑事上処罰するに足りる程度の違法性を有しないとの判断に立つて無罪としたものである。そして、本件各証拠によつて、右刑事判決が認定したと同様の事実を認め得ることは、前述のとおりである。

原告らのかかる所為は、和里田局長をはじめとする職務上の上級者(かつ、多くは年長者)に対し、その身体に直接手をかけて押すとか、背広の襟をつかんでゆさぶり、或いは椅子に腰をおろそうとするところを手や膝で押し上げて立たせるなど、かなり攻撃的で相手の人格を軽視した行為であり、これを受けた側としては、多少の畏怖と少なからぬ屈辱感を抱く態様・程度のものであつたことが、前掲各証拠から認められるのであつて、それが懲戒処分に対する抗議や説明要求の際に行われたものであり、中国地建管理者側の対応にも問題があつて原告らの反発や興奮を増大させた事情を考慮してもなお、原告らの行為は公務員としての節度を逸脱し、社会一般から非難を受けるべきものであつたことは否定できない。

そうすると、和里田局長ら九名が原告らから暴行等の被害を受けたとして、捜査機関に対しその被害状況を供述したことは、決して事実無根の申立やこれと同視すべきほどの著しい誇張的申立をしたものではないというべきである。したがつて、その前提に立つて本件起訴休職処分を無効とする原告らの主張は、到底採用することができない。また、右処分が専ら全建労を破壊する目的をもつて行われた旨の主張も、上述したところに照らし採用し得ないことが明らかである。

2  次に、原告らは、労使間の団体交渉の過程において発生した行為が起訴の対象となつた場合、使用者側が起訴休職処分をすることは許されないと主張するけれども、およそ国家公務員法七九条二号に定める起訴休職制度の趣旨・目的は、公務に対する対外的信頼を保持し、公務所における職場秩序を維持し、かつ、公務員の職務専念義務に支障なきを期するにあると解せられるところ、原告主張のような場合においても、起訴された公務員が引続き職務に従事するときは、これらが阻害されるおそれがあることに変りはないから、他の場合と区別して、起訴休職が許されないとすることはできない。また、原告らは、本件起訴休職処分が原告らが有罪であるとの推定に基いてなされたものであり、刑事被告人が無罪の推定を受けることと相反すると主張するが、もともと起訴休職の制度は、一般に刑事裁判の現状において、起訴にかかる事件につき有罪判決のなされる可能性が極めて高く、起訴事実につき相当程度に客観性のある嫌疑が存在するとの社会的評価を受けてもやむを得ない実情にあるところから、当該公務員が引続き職務に従事することにより、前記の信用保持等に障害を来るおそれがあることに鑑み、起訴されたこと自体によつて暫定的に職務から排除しようとするものであるから、刑事裁判における無罪の推定と矛盾する点はない。

3  一方、具体的事件において当該公務員を起訴休職とするか否かは任命権者の裁量に属するけれども、休職者が諸般の面で少なからず不利益を受けることは否定できないから、右裁量権の行使には自ずから制約があるものというべく、当該起訴事実の内容・性質、当該職員の職務内容や地位、事件の社会的影響その他の事情を総合考慮し、前記のような起訴休職制度の趣旨・目的に適合するようにその裁量権を行使すべきであり、当該起訴休職処分が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の逸脱ないし濫用と認められる場合は、その処分は違法として効力を否定さるべきである。

そこで、以下、右の見地から検討を加える。

(一)  原告らに対する起訴事実と本件刑事判決の認定・判断、本件各証拠によつて確実に認定される事実及びこれに対する評価は、すべて前述したとおりである。

(二)  次に、本件刑事訴追当時の原告らの職務内容等について検討する。

(1) 原告神田智光本人尋問の結果によると、同原告は建設事務官で、中国地建河川部河川管理課管理係に所属していたことが認められ、その職務内容については、当時の中国地方建設局組織細則(以下、単に組織細則という)によると、河川管理課管理係は、河川等に関する工事以外の管理(維持を含む)に関する事務、河川法及び砂防法に基く直轄工事に関係ある工事又は行為の取扱規程(昭和二七年建設省令第四一号)に基づく事務、河川等に関する工事に伴う手続に関する事務、河川に関する受託工事に関する事務、既成の河川等に関する工事の引渡しの手続きに関する事務がその所掌事務とされていた(一部争いのない事実を含む。以下(2)ないし(5)についても同じ)。

(2) 成立に争いのない甲第三三号証、証人大河原基典の証言、原告小林基雄本人尋問の結果によると、同原告は建設技官で郷川工事事務所庶務課会計係に配属されていたが、当時建設省では、職員が全建労本部の組合専従となる場合には法令に従つた専従休暇の手続をとることを要請されていたところ、全建労の地方本部の役員段階については、いわゆる「もぐり専従」として職場を離れて組合業務に専従することを容認する取扱いがなされており(但し、これに対しては、昭和三八年八月、組合の役員として専従するためには専従許可の手続を要するものとし、いわゆる「もぐり専従」を認めない旨の建設大臣の訓示が出された)、原告小林も当時全建労中国地方本部書記長として右の形で組合業務に専従し、本来の公務には従事していなかつたことが認められる。

(3) 原告池田利之本人尋問の結果によると、同原告は建設事務官で、郷川工事事務所庶務課会計係に配属され、物品購入に関する契約事務を担当していたことが認められる。

(4) 原告橋田九郎本人尋問の結果によると、同原告は建設技官で、郷川工事事務所庶務課庶務係に配属され、自動車の運転業務を担当していたことが認められる。

(5) 原告中島勉本人尋問の結果によると、同原告は安芸郡船越町(現在広島市安芸区船越町)にある建設省広島機械整備事務所(現在は技術事務所と改称)の整備課に配属されていたが、当時全建労中国地方本部広島県協議会議長としていわゆる「もぐり専従」となつており、本来の職務(建設機械や工場の電気関係の修理業務)にはほとんど従事していなかつたことが認められる。

以上のように、原告神田、同池田及び同橋田はその職務に関し、一般の部外者と接触する機会も少くなかつたことが窺われる。また、原告小林及び同中島は組合の専従者であつて、外部との職務上の接触はないとはいえ、右原告らも本来の職務に復帰しようと思えばそれが可能な立場にあつたとみられるから、対外的信頼保持の要請と無縁な者ということはできない。また、起訴休職制度の趣旨・目的の一つが公務に対する信頼保持にあることは前述のとおりであるが、その公務とは当該公務員の個別的職務のみならず、その所属する公務所が所掌する公務全般にも及ぶと解するのが相当である(国民の信頼は、かかる全体としての公務にも向けられていると理解される)から、その意味においても、原告らの職務内容や地位が、公務への信頼の毀損と無関係なものであつたとすることはできない。

(三)  なお、成立に争いのない乙第一四ないし第二一号証によれば、原告らに対する前記起訴事実は、当時の中国新聞によつて、「全建労の集団暴行事件」「全建労郷川支部の暴行事件」等の見出しのもとに、原告らの氏名や勤務場所、役職名をも明らかにして広く報道され、広島県下を中心に、多数の一般市民の知るところとなつたことが認められる。

(四)  原告らは、刑事事件の公判期日の出頭については年次有給休暇を利用することで十分対処し得たので、労務提供上支障を生ずることはなかつたと主張するが、右が事実であるとしても、これは被告の関知しない訴訟関係者の事情によるものであり、かつ結果的にそうなつたにすぎず、被告が本件休職処分時において予測することは困難であつたとみられ、これを予測し得たと認めるべき証拠もない。

上述したところを総合すると、原告らには起訴休職処分を受けても己むを得ない事由があり、被告が本件起訴休職処分を行つたことには、何ら裁量権の逸脱や濫用はなかつたということができる。

4  よつて、本件起訴休職処分が無効であることの確認を求める原告らの主位的請求は、いずれも理由がないことに帰する。

三  そこで、原告らの予備的請求について検討する。

1  本件各格付処分の無効確認請求について

(一)  被告が、原告らに対し、昭和四二年一二月一〇日付で復職処分をし、かつ、原告神田、同小林、同池田については復職調整のための休職期間の調整率を三分の二とし、原告橋田、同中島については右調整率を零として、別表(一)記載の(一)欄のとおりの格付処分をしたことは当事者間に争いがない。そして、弁論の全趣旨によると、被告は、原告神田、同小林、同池田が無罪判決を受けたとはいえ、上司に対し実力をもつて抗議を行つた事実は本件刑事判決の理由からも明らかで、同原告らについて休職期間中も勤務していたのと同様に三分の三の割合で調整を行うことは他の職員との均衡上相当でないとして、人事院規則一一―四第三条二項の規定による休職の場合の調整率である三分の二以下(同細則九―八―二第二七条の二、別表第三二)で復職調整を考慮し、その最高限度である調整率三分の二として同原告らの格付処分を行なつたこと、また、原告橋田、同中島については、休職の原因となつた刑事事件について有罪判決を受け、しかも休職期間中は何ら勤務実績がないことを考慮して、人事院規則九―八第二〇条の三、同細則九―八―二第二七条の二、別表第三二により同原告らの調整率を零としたことが認められる。

(二)  ところで、休職者が復職する場合において、部内の他の職員との均衡上必要があると認めるときは、細則の定めるところにより、その者の俸給月額を調整(昇給期間の短縮を含む)することができるのであるが(昭和四四年改正前の人事院規則九―八第二〇条の三)、人事院細則九―八―二第二七条の二、別表第三二によると、起訴休職者についての調整率(引き続き勤務しなかつた期間のうち引き続き勤務したものとみなす期間を算出するについての換算率)は零とされ、ただ無罪判決を受けた場合は事情により三分の三以下とすることができるとされている。してみれば、起訴休職者が当該刑事事件について無罪となつたからといつて必ずしも当然にその俸給月額についての調整率が三分の三とされねばならないわけではなく、いかなる割合で復職調整をするかは任命権の裁量に属するものというべきである。もつとも、例えば当該起訴事実が虚構のものであることが判明して無罪が確定したにもかかわらず、特段の事情もないのに調整率を低く押えるなど、任命権者においてその裁量権を逸脱、濫用したと認められるような場合には、当該格付処分は違法となるであろう。

(三)  既述のとおり、原告橋田及び同中島は、公訴事実の一部につき有罪の判決を受けたものであり、その事実自体極めて軽微なものということはできないから、被告が同原告らにつき調整率を零とし、別表(一)の(一)欄記載のとおり格付処分をしたことに、何ら裁量権の濫用はないというべきである。

また、その余の原告らについては、いずれも起訴された事実のすべてについて無罪とされたものの、既に詳述したとおり、原告神田はその起訴事実のうち富永忠及び和里田新平に対するものについては、有形力の行使(起訴事実と類似の行為というを妨げない)はあつたがいわゆる可罰的違法性がないとされたもの、原告小林、同池田は起訴事実のすべてについて有形力の行使(右同)があつたが、同様可罰的違法性がないとされたものであり、その態様や程度も前述のとおりであつて、これらの起訴事実が虚偽、架空のものであつたわけではない。してみれば、同原告らが無罪になつたとはいえ、その復職調整に際し、被告が調整率を三分の三としないで三分の二とし、別表(一)の(一)欄記載のとおり格付処分をしたことに、何ら裁量権を逸脱、濫用した違法はないというべきである。

(四)  なお、原告らは本件各格付処分が全建労を破壊するために行なわれた不当労働行為であると主張をするが、そのことを認めるに足りる証拠はない。また、原告橋田、同中島の関係において、原告橋田は有罪判決を受けたのと同一事実に他の事実を併せて昭和三六年一二月一五日に停職一か月の、原告中島は、本件有罪判決を受けたことを理由に停職二〇日の各懲戒処分を受けているが、これと対比しても、同原告らが休職となつた約六年の長期間何ら昇給しなかつたとして復職の格付をするのは著しく均衡を失する旨主張するが、懲戒処分は公務員としての非違行為があつた場合に行なわれるものであり、休職者の復職調整は、休職となつたことにより勤務しなかつた期間を部内の他の職員との均衡上どのように調整すべきかという観点から行われるもので、両者はその趣旨、目的を異にするのであるから、同原告らの右主張は採用できない。

(五)  以上の次第で、本件格付処分の無効確認を求める原告らの請求は理由がないことに帰する。

2  復職調整をする義務の確認を求める訴えについて

原告らは、本件各格付処分が無効であるとして、被告に対し、原告らがその休職期間中も定期昇給をしたものとして別表(一)記載の(二)欄のとおり調整をする義務があることの確認を求めている。このように、行政庁を相手方として一定の作為や作為義務の確認を求める訴が許容される場合があるとしても、三権分立の原則に照らし、行政行為についてはその第一次的な判断権が尊重さるべく、これを阻害しないような場合であることを要すると解される。換言すれば、行政庁が当該行政処分をなすべきことが法令上覊束されており、自由裁量の余地が全く残されていないにもかかわらずその処分をしないような場合でなければならない。ところが、本件の如き休職者の復職調整については、既に述べたように、被告に裁量の余地が残されており、昭和四四年改正後の現行人事院規則九―八第四四条も起訴休職者の復職調整に関し同旨の規定をしているのであつて、復職調整をすべき当該処分の内容が一義的に明確であるとはいえないのであるから、結局、原告らが被告に対して復職調整をする義務の確認を求める訴えは不適法というほかはない。

四  以上によると、原告らの主位的請求及び予備的請求のうち本件各格付処分の無効確認を求める請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、予備的請求のうち復職調整をすべき義務の確認を求める請求にかかる訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田川雄三 山森茂生 三好幹夫)

別紙<省略>

別表(一)

原告

(一)

(二)

神田智光

行政職(一)七等級八号を給する

行政職(一)六等級七号を給する

次期昇給期 昭和四四年一月一日

次期昇給期 昭和四三年一月一日

小林基雄

行政職(一)七等級五号を給する

行政職(一)六等級六号を給する

次期昇給期 昭和四三年七月一日

次期昇給期 昭和四三年一月一日

池田利之

行政職(一)七等級六号を給する

行政職(一)六等級五号を給する

次期昇給期 昭和四三年一〇月一日

次期昇給期 昭和四三年七月一日

橋田九郎

行政職(二)三等級七号を給する

行政職(二)二等級九号を給する

次期昇給期 昭和四三年一〇月一日

次期昇給期 昭和四三年七月一日

中島勉

行政職(一)七等級二号を給する

行政職(一)六等級五号を給する

次期昇給期 昭和四三年七月一日

別表(二)

原告

行為年月日

起訴にかかる公訴事実の要点

有罪・無罪の別

有罪事実の罪名・刑

神田智光

36・12・16

富永忠に対する労働組合の威力(以下単に威力という)を示した共同暴行

無罪

36・12・18

和里田新平に対する威力を示した共同暴行

無罪

金田長則に対する威力を示した共同暴行

無罪

36・12・20

横田貞光に対する威力を示した共同暴行

無罪

小林基雄

36・12・16

富永忠に対する威力を示した共同暴行

無罪

36・12・18

和里田新平に対する威力を示した共同暴行

無罪

36・12・20

和里田新平に対する威力を示した共同暴行

無罪

池田利之

36・12・20

和里田新平に対する威力を示した共同暴行

無罪

金田長則に対する威力を示した共同暴行

無罪

橋田九郎

36・11・30

杉原邦治に対する共同暴行脅迫(実行行為は共同暴行のみ)

有罪

暴力行為等処罰ニ関スル法律違反

罰金一〇、〇〇〇円

36・12・20

横田貞光に対する威力を示した共同暴行

無罪

友田博三に対する威力を示した共同暴行

無罪

中島勉

36・12・16

富永忠に対する威力を示した共同暴行

無罪

暴行

罰金二五、〇〇〇円

阿川孝行に対する威力を示した暴行

無罪

三木春美に対する威力を示した暴行

威力を除く単純暴行につき有罪

36・12・18

和里田新平に対する威力を示した共同暴行

無罪

金田長則に対する威力を示した共同暴行

無罪

36・12・20

横田貞光に対する威力を示した共同暴行

威力及び共同の点を除く単純暴行につき有罪

西山良晴に対する威力を示した暴行

無罪

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